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31年の時を経て迎えた万感の結末

アルスラーン戦記が、完結しました。

天涯無限 アルスラーン戦記 16 (カッパ・ノベルス)

天涯無限 アルスラーン戦記 16 (カッパ・ノベルス)

正直言って、告知が出たときには本当に完結のことが信じられなかったし、アルスラーン戦記の結末を見届けることができるとは思っていませんでした。
ともあれまずは、途中の長い長い中断や版元の変更などの多くの困難を乗り越え、アルスラーン戦記が無事に完結・刊行されたことに、田中芳樹先生への感謝を申し上げるとともに、らいとすたっふの方々や出版関係者の方々へお祝い申し上げます。

さて、あたしは、昨年発行された15巻でのとある主要キャラの死に対して、その必然性の薄さ(死亡フラグの立て方)への怒りと戸惑いをまとめたエントリを書きました
それからまた時間が経っても、15巻に対してどうしてもポジティブな気持ちを持てていませんでした。
そういったこれまでも踏まえて、完結巻である16巻の感想を書いていきたいと思います。
ネタバレですので、くれぐれもご注意ください。

予想できた展開と予想できなかった死に様

第2部(8巻以降)以降、アルスラーンが殿下から陛下になり国内の安定がもたらされたのとあわせ、蛇王ザッハーグの復活を企む魔術師たちの蠢動が描かれるようになりました。そして、12巻でザッハーグが復活し、そこから先のアルスラーンはパルス周辺国との戦いと、蛇王との戦いの2つが描かれるようになり、それとあわせるようにしてアルスラーンの大きな死亡フラグが形成されていったように思います。
すなわち、アルスラーンは自らの命と引き替えに蛇王を再び封印し、パルスに平和が訪れる』という、作中で再三語られた英雄王カイ・ホスローの物語をなぞるという展開です。
作者が「皆殺しの田中」であることを考慮しなくとも、アルスラーン戦記を読み進めると、その結末にはほぼ間違いなく「アルスラーンが死ぬ」ということが待っているであろう、と感じさせられる表現がたくさんあります。特にも15巻で惜しまれつつ天に召されたナルサスは、アルスラーンが「王とは」とか「民のため」といった言葉を問答の中で発するたびに、アルスラーンの行く末を悟っているかのようでありました。その上、作者が銀英伝でラインハルトもヤンもしっかり殺しているという前例もあるので、アルスラーンが死んで終わるというのは想定されるところでありました。
迎えた最終巻。アンドラゴラス3世という偉丈夫を依り代にしたザッハーグが、十六翼将を次々と屠ってゆくという田中芳樹先生の田中芳樹たる所以を見せつけられる展開、そしてついに相対するアルスラーン———。宝剣ルクナバードが手にあったとはいえ、アルスラーンにとって圧倒的不利と思われた一騎打ちは、相討ちという結末を迎えました。そう、まるで第1部の結末—アンドラゴラス3世をイノケンティス7世が道連れに墜落死する—を思い起こさせる結末を。
アルスラーンは決して弱くはない、というのは作中で常々表現されていますが、やはり十六翼将の諸氏の武勇が凄まじく、アルスラーン本人の強さはどうしてもかすみがちでした。そもそもアルスラーンが戦う=(基本的に)本陣に侵入されているなので、さすがにそんな機会が何度あっても困るわけですが。とはいえ、それでもザッハーグに憑依されているとはいえ、アンドラゴラス3世から相討ちまで持って行けるほどの力がアルスラーンにあったとは…というのは、あたしにとって驚きでした。何しろ、ルクナバードがあっても勝てないと踏んでいたからこその「命をもって封印する」という結末予想だったので。それが、このような一騎打ちの上で相討ちという終わりであったことに、素直な驚きと感動がありました。

最強が敗れる瞬間に宿った魂

アルスラーン戦記における最強のキャラクターは、ダリューンであります。このことは作中でも幾度となく明言されておりますし、表現されています。一時仕えたアンドラゴラス3世に対しては様々な思いがあったような描写もありましたが、もはやアンドラゴラスを斬ることへの躊躇いもないだろうし、剛健なことでも名をはせたアンドラゴラスに対しても負けなかったであろうと思います。
しかし、ダリューンアンドラゴラス3世に身をやつしたザッハーグには敵わなかったのです。ダリューンが戦った中で最強の敵であった(=ヒルメスは最強の敵ではない)という地の文がありますが、その最強の敵と互角に渡り合うも、敵わず地に斃れました。
ダリューンが、敗れる———
読者としても、さすがに目の前が真っ白です。ダリューンが死んでしまってどうしようです。銀英伝で言えば、ダリューンナルサスはミッターマイヤーとロイエンタールです。そう思っていたので、ナルサスが死んでしまったところから始まる16巻は、「ダリューンが生き残るフラグじゃねーの」的な気持ちが皆無ではありませんでした。そんなわけで、ダリューンが死んじゃった、ということがすぐには心に落ちてきません。だって、ミッターマイヤーいなくなったらどう考えても帝国軍瓦解するじゃないですか。簡単には死ねないでしょダリューン
しかし、結果としてアルスラーンの前にはダリューンの亡骸と、最強の敵ザッハーグがいるという状況ができました。そこでルクナバードを抜き一騎打ちに臨む、すなわち最初から最後まで共にいたダリューンに報いる瞬間があったことが、先に書いた「予想できなかった死に様」を作り上げる最高のピースとなったことは疑いようがありません。
最強のキャラクターだからこそ、その散り様が絵になり、そして残る。そのことを強く感じました。

最後に—完結によせて

あたしにとっての田中芳樹作品は、「創竜伝」が入口でした。中学生の終わり頃のことです。そのほかのシリーズには当時なかなか手が伸びなかったのですが、大学生になって他のシリーズも読もうと決めました。そして、最初に手を延ばしたのが「アルスラーン戦記」だったのです。
初めて18切符で移動することにした夏休み、乗り換えをミスって東京駅で野宿することになり、八重洲口の外で角川文庫版のアルスラーン戦記をむさぼるように読んでいました。このとき、アルスラーンは10巻まで刊行されていました。7年の沈黙を破った頃ですね。
その後、「銀河英雄伝説」が徳間デュアル文庫で再版され、それを読みながらアルスラーンの新刊を待っていました。当然、完結済み作品の再版だった銀英伝のほうが先に読み終わりまして、アルスラーンはまだかまだかと思っているうちに「薬師寺涼子シリーズ」が立ち上がり、もう無理じゃん…という気持ちになりました。そして就職して1年後に、まさかのカッパ・ノベルスで待望の11巻を迎えました。
それから12年。アルスラーン戦記が完結したこと、その終わりを読めたことが本当にうれしくてなりません。15巻こそ、死亡フラグの立て方の性急さに憤りを覚えましたが、16巻で怒濤のように巻き起こる死の行進は「皆殺しの田中」の本領発揮とも言え、大変楽しく読むことができました。すべてが終わり、ラストシーンを読み終わった後の、「アルスラーン戦記は完結したんだ」という気持ちは、何とも言いがたい気持ちでした。
もう、アルスラーンの活躍を読むことはないだろう。そんな確信を抱かせるラストだったと感じています。「アルスラーンが16翼将を従えて戦う物語は終わったんだよ」という事実を明確にしつつ、未来を思わせるエンディングは、長い時間をかけて紡がれてきた物語の終わりにふさわしいエピソードであると思います。まあ、ラスト近辺のパルスはどう見ても五代十国時代の中国みたいな感じですが。彼らがきっと趙匡胤みたいになっていくのでしょう。その活躍は、あたしたち読者の手の中に。

田中先生、本当にお疲れ様でした。そして、ありがとうございました。

追伸

ヒルメスが死んで本当によかったです(私怨)