明日はきっと。

本やマンガのレビューなど。

ネタバレは警戒されるもの

ネタバレはそれほど警戒すべきなのか - 思考錯誤


なんとなく反応。割とミステリをよく読む人間の考え方に近いですが。

本物って奴は、ネタバレ程度で揺るがない。


ネタバレしてても、おもしろいものはおもしろい。それは一面的なことだと思うのです。
ブクマのコメントでは、とりあえず端的な例として叙述トリックの例を挙げましたが、それに限らず、「知ってると知らないとでは楽しみ方が違う」ものだと思います。


叙述トリックは、犯人が探偵(あるいは警察)を騙すものではなく、作者が読者を騙す仕掛けです。地の文で嘘はありませんが、限りなくどうとでも取れるように細心の注意を払って書かれています。そしてその事実が読者に明らかにされた瞬間の驚きを演出する、そういう仕掛けです。それは、どこかに嘘がないかどうかを確認するために読者が読み直すこともあるほどのインパクトの大きいもの。
さて。事前に叙述ものかどうかを知ってその小説を読むとどうなるでしょうか。だいたいのところは、騙されないぞと思って読んでいても結局騙され「なん…だと…?」などと呟いたりするのですが、どちらかというと「こういう騙し方だったのか」とか「そういう手ですか」みたいな驚きや納得が中心になってくるんですよね。見方が変わって来ちゃう。


まあ、元エントリで触れられてるEver17みたいな扱いだと思いますが。推理小説全般に。


あるいは。ハリー・ポッターシリーズはまあ、いろいろ思うところはありますが売れるだけのおもしろさはそれなりにあると思います。そんなハリポタの最終巻を前に、作者のローリングは、「2人死ぬ」と言って期待を煽りました。で、結果は―――なわけですが、それを知ってたらおもしろみは半減です*1

”ネタ”が物語の根幹にあるような作品は、ネタバレによって興が削がれる≒揺らいでしまうということもあるでしょう。ミステリなんかはその最たる例でしょうか。それが「本物」だとしても、ネタバレによって揺らいでしまうことはあるのです。



ネタバレしててもおもしろいものはおもしろい。ただ、知ってるのと知らないのでは楽しみ方がまったく変わってきてしまう。ネタを知らずにその作品に触れる方が、おそらくより一層おもしろい。結末を知らないからこそ過程に一喜一憂できるのです。


まあ、これを書いてるあたしがネタバレエントリを書いたりネタバレラジオをしているわけで、説得力も何もあったもんじゃないですが。
しかし、ネタバレが警戒されるのはごくごく普通の話だし、ネタバレ程度で揺るがない本物もあればネタバレで揺らぐ本物だってある。ただそれだけの話かなと思います。

*1:もっとも、ハリポタの最終巻はイマイチだとは思ったりしますが。